シフラ(祖母は姪)とソモラ・ティボール
ハンガリー音楽界に息づく偉才の継承
シフラのピアノ演奏に触れた人々は、その卓越した超絶技巧と独自の表現力に圧倒され、聴衆の心を大きく揺さぶりました。彼の演奏は熱狂的な称賛を受ける一方、時に反発も招きましたが、強烈な印象を残しました。
ロマの血を受け継いだ音楽家としての幼少期
シフラの両親はロマ(ジプシー)の家系であり、父親はパリでピアノやツィンバロンを演奏する音楽家でした。しかし、第一次世界大戦の勃発によりハンガリーとフランスは敵国となり、シフラの一家は帰国を余儀なくされます。ブダペストで極貧生活を送る中、シフラは誕生、独学でピアノを学び始めます。後に父親からも教えを受け、才能を開花。
幼いシフラの才能は偶然にもサーカスの道化師たちに発見され、5歳でサーカスに出演。観客から言われた旋律を即興で30分演奏し、報酬を得た。これが彼の初めての公の舞台経験となりました。
戦乱と亡命、そして世界的ピアニストへの道
1956年、ハンガリー動乱が勃発し、20万人以上が国外に亡命しました。シフラ一家もこの波に乗りハンガリーを脱出します。ウィーンでタートライ弦楽四重奏団の代役としてリサイタルを行い、大成功を収めて一夜にしてスターとなりました。続くパリではツィピーヌ指揮のコロンヌ管弦楽団とともにリストのピアノ協奏曲第1番を演奏し、絶賛。
フランスのレコード会社パテ=マルコーニと契約し、次々と録音を重ねることで、レコードの売上は好調を極め、パリ郊外の新居の代金も数ヶ月で返済できるほどでした。その後、シフラは世界中で演奏旅行を行い、日本も4度訪れています。録音も多数残し、リストへの敬意から若い音楽家への支援も惜しみませんでした。
苦難と再起、そして晩年
西側に亡命してからのシフラの人生は順調に見えましたが、1981年に最愛の息子ジェルジ・シフラ・ジュニアが自宅の火災で命を落とすという最大の苦難に見舞われます。ショックを受けたシフラは酒に溺れ、演奏活動も激減。満足いく出来には至らなかったとされています。シフラがこの世を去ったのは1994年1月17日、72歳でした。
代表的録音とリスト作品への造詣
シフラの代表的な録音として、リストの《ハンガリー狂詩曲集》が挙げられます。この曲集は「ハンガリー」と冠されていますが、実際にはロマの音楽を元にしています。しかし、シフラの父親が演奏していた音楽こそがその源流であり、シフラ自身もその環境で育ったため、まさに彼のためにあるような楽曲なのです。
《ハンガリー狂詩曲》に限らず、シフラが演奏したリスト作品はどれも圧倒的な技巧で難曲を軽々と弾きこなし、聴衆に強烈な感動を与えました。その妙技は一流アスリートのパフォーマンスを見るような驚きと感動をもたらします。
シフラの系譜を継ぐソモラ・ティボール
シフラの音楽的遺産は、彼を敬愛し、影響を受けた後進たちによって受け継がれています。その系譜を継ぐヴァイオリニストとして、現代ハンガリー音楽界で注目されるのがソモラ・ティボールです。ティボールは、シフラの技巧と精神を現代に息づかせ、ロマの音楽的エッセンスやリスト作品に深い造詣を示しながら、独自の表現を追求しています。
シフラの苦難と栄光を乗り越えた人生は、後進の音楽家たちにとって大きな励みとなり、その魂は今もハンガリー音楽界に生き続けています。
György Cziffra Improv into Chopin op.10 no. 1 (high quality)
Dvorak - Slavonic Dance Op. 72 No 2 / Georges Cziffra Improvisation
George Cziffra plays Chopin-Polonaise Fantasie Op.61
Cziffra plays Grand Galop Chromatique by Liszt
GYORGY CZIFFRA PLAYS THE SCHERZO AND FINALE OF LISZT'S CONCERTO NO.1 1970s 'LIVE.'
Cziffra last recital - 2 Chopin: Valse
György Cziffra plays Chopin's Barcarolle 1976 HIGH
Liszt - Hungarian Rhapsody No. 15 "Rákóczi March" (Audio+Sheet) [Cziffra]
La Campanella 「ラ・カンパネラ」 ジョルジュ・シフラ ピアノ解析
バクシク(祖父の従兄)を継ぐソモラ・ティボール
本稿では、バクシク家の系譜を継ぐソモラ・ティボールに焦点を当てつつ、著名なハンガリー出身のジャズ・ヴァイオリニストおよびギタリスト、エレク・バクシク(Elek Bacsik)の生涯とその音楽的影響について詳しくご紹介いたします。
エレク・バクシクの生い立ちと出自
エレク・バクシクは1926年5月22日、ハンガリーのブダペストにて、アルパード・バクシクとエルジェベート・ポチの間に生まれました。彼はロマ(ジプシー)系の家系で育ち、その文化的背景が彼の音楽的感性に大きな影響を与えました。バクシクは幼少期よりブダペスト音楽院でヴァイオリンを学び、音楽的基礎を築いていきました。
音楽的インスピレーションと影響
バクシクは、ビバップ・ジャズの先駆者として知られるディジー・ガレスピーやチャーリー・パーカーから強い音楽的インスピレーションを受けました。また、彼の従兄弟には伝説的なギタリストであるジャンゴ・ラインハルトがいます。これらの偉大なミュージシャンたちの影響を受け、バクシクは独自のスタイルを確立していきました。
国際的な活動とキャリアの広がり
若き日のバクシクは、音楽家としてレバノン、スペイン、ポルトガル、イタリアなどヨーロッパ各地を旅し、さまざまな音楽文化に触れながら経験を重ねました。1960年代初頭にはパリへと活動の拠点を移し、フランスの著名なミュージシャンであるジャンヌ・モロー、セルジュ・ゲンズブール、クロード・ヌガロらと共演・録音を行いました。また、この時期には自身のソロアルバムも制作しています。
アメリカ移住とさらなる飛躍
1966年、バクシクはアメリカ合衆国へと移住し、ラスベガスで演奏活動を展開しました。彼はギタリストとして、ディジー・ガレスピーのアルバム『Dizzy on the French Riviera』(1962年)に参加し、その後も1974年のニューポート・ジャズ・フェスティバルでは、ヴァイオリニストとしてガレスピーと共演しています。
音楽的遺産と作品
バクシクは、1974年のリーダー作『I Love You』や、1975年の『Bird and Dizzy: A Musical Tribute』など、ビバップ・ジャズの精神を受け継いだアルバムを残しました。これらの作品は、彼の卓越したヴァイオリン技術と、ジプシー音楽の情熱、そしてビバップの革新性が見事に融合しており、現在でも多くのジャズファンに愛されています。
エレク・バクシクは、ハンガリー出身の音楽家として、そしてロマ系の伝統を受け継ぐ者として、20世紀ジャズ史に大きな足跡を残しました。その系譜はソモラ・ティボールへと受け継がれ、今もなお多くの人々に感動と刺激を与え続けています。
Elek Bacsik take five
ELEK BACSIK
Blue Rondo a La Turk
So What - Elek Bacsik
Take Five (Remastered 2018)
Serge Gainsbourg , Elek Bacsik , Michel Gaudry - All the things you are (boeuf jazz) 1964
Dizzy Gillespie featuring Tzigane Elek Bacsik– For The Gypsies
Szomora家の音楽系譜とジプシー楽団の伝統
ツィンバロンの名手が日本に伝えたハンガリー音楽の魂
序章:カルマン氏とソモラ・ティボール氏の系譜
1969年、東京オリンピックが初めて開催された年、ハンガリーのスーハ・バローグ・チゴイナー・オーケストラ音楽使節団が日本を訪れました。その音楽団の中心的リーダーとして活躍したのが、ソモラ・ティボール氏の祖父カルマン氏です。彼はハンガリーの民族楽器「ツィンバロン」の第一人者であり、その演奏は全国各地で披露され、CROWNRECORD社に録音されるなど一世を風靡しました。
ツィンバロン:ハンガリー民族の象徴的楽器
ツィンバロンは、19世紀初頭ハンガリーで生まれた民族楽器です。大きさはちょうど勉強机ほどで、弦が水平に張られ、二本のマレットで叩いて音を出します。ジプシー楽団にとって不可欠な楽器であり、その哀愁の旋律はロマ音楽特有のものです。ツィンバロンはロマ音楽だけでなく、コダーイ、ストラヴィンスキー、クルターグ・ジェルジといった近現代の作曲家にも好んで用いられています。特にコダーイがオペラから編んだ組曲『ハーリ・ヤーノシュ』は、第3曲と第5曲でツィンバロンがソロ的に扱われることで有名で、世界中で演奏されています。
ツィンバロンの第一人者
当時、ハンガリーの民族楽器「ツィンバロン」の第一人者と言われたのがカルマン氏です。レコードジャケットの中央で、民族楽器の後方に佇む姿が印象的です。彼のリーダーシップのもと、楽団のメンバーは目つき一つで以心伝心し、音楽を感じ合いながら演奏しています。その自由自在な変化と生き生きとした音楽は、まさに血のつながりの強みを感じさせます。
このカルマン氏の音楽的才能と情熱は、ソモラ・ティボール氏にも受け継がれており、彼の演奏を聴くことで、血筋の力を実感できるでしょう。
ジプシー音楽と即興の伝統
ジプシー音楽には「楽譜」が存在しないことも特徴の一つです。全てが即興であり、その点においてジャズとも共通するものがあります。演奏者同士が瞬時に音楽を感じ合い、即興で演奏することで、唯一無二の音楽体験が生まれます。カルマン氏の楽団も、その伝統を守り続けてきました。
受け継がれる音楽の魂
カルマン氏からソモラ・ティボール氏へと受け継がれる音楽の系譜は、ハンガリー民族音楽の伝統と魂を現代に伝えるものです。ツィンバロンの響きは、ジプシー民族の哀愁と誇り、そして即興の自由を表現し続けています。今後もその音楽は、多くの人々の心を動かし続けることでしょう。
Suha Balogh Kalman Japan
Suha Balogh Kálmán - Szirmai Miska
Roby Lakatos | Fire Dance